司法試験受験日誌

司法試験合格過程

伊藤塾・試験対策問題集・予備試験論文5・刑法 第1問★ 不真正不作為犯・答案練習

伊藤塾・試験対策問題集・予備試験論文5・刑法

第1問★ 不真正不作為犯・答案練習

第1 甲の罪責について論じる。

 1 甲の行為とA死亡の間に因果関係があるか。客観的構成要件が成立するか。また、過失運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条本文)が成立するか。保護責任者遺棄等(218条)、遺棄致死傷(219条)は成立するか。道路交通法72条(交通事故の場合の措置)違反は成立するか。

 2 具体的事実について。甲は、自動車運転を誤ってAをはね、Aに重傷を負わせた。又、甲は、自動車を降りてAの様子を見たが、死ぬことはないと思い、Aをその場に放置し立ち去った。Aは、病院へ運ばれれば、十中八九救命可能だったが、病院へ運ばれず、数時間後死亡した。以上が外見的に認識できる事実である。

 3 客観的構成要件について。深夜、重傷者Aを事故現場の道路付近に放置する甲の行為と、数時間後の重症者A死亡の結果との間には、因果関係があると社会通念上、評価できる。それは、暗く交通が減りけが人の発見が困難になりうる深夜に重傷者を事故現場の道路付近に放置する行為によって、自動車事故の重傷者Aが、発見されることがなく安全を確保されることなく、又治療を受けることなく、よって、けがが悪化し、数時間後に死亡する結果は、社会通念上、起こりうるからである。したがって、当該案件は、客観的構成要件をみたす。

 4 特殊事情の介在について。甲の行為後に、たまたま現場を自動車で乙が通りかかり、Aを暗く交通量の少ない道路上に放置するという特殊事情が介在する。しかし、Aの死亡は、甲が自動車でひき、重傷を負わせ、深夜の道路に放置したことによって、社会通念上十分起こりうることである。この特殊事情がなかったとしても、甲の行為とAの死亡の結果の間には、因果関係が存しうると、社会通念上、評価できる。

 5 以上より、過失運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条本文)が成立する。

 6 道路交通法72条違反について。道路交通法72条は、「交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。」と規定している。本案件で、交通事故が発生したことや、負傷者が発生したことは明らかである。

これに対して、甲は、その場に負傷者Aを放置して、自動車で逃走した。甲は、交通事故があった時、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じていなかった。

 また、甲は、負傷者の救護義務を負うところ(道路交通法72条)、要救護者を安全な場所に移動することなく、救急車を呼ぶことなく、また、病院へ運び治療を受けさせることなく、救護をすることなく、又危険防止の措置をすることなく、深夜の暗く危険な事故現場にそのまま遺棄し、その生存に必要な保護をしなかった。

 以上より、甲の行為は、道路交通法72条に違反する。

7 構成要件故意について。甲は、Aの様子を見て、死ぬことはないと思い、Aをその場に放置した。よって、甲は、当該実行行為によって、Aの死亡の結果を認識認容していなかった。したがって、当該事案において、甲は、A死亡結果についての構成要件的故意を有さなかったと評価できる。

8 以上から、甲の行為は、客観的構成要件はみたすが、主観的構成要件はみたさない。よって、甲は、Aの死亡結果を認識認容しなかった。このため、甲の行為は、遺棄等致死にあたらない。

9 甲は、Aが死ぬことはないと判断した。これは、社会通念上、不注意によって、犯罪事実の認識・表象を欠くといえる。なぜなら、甲が、Aに体調を聞いたり、注意してAの様子をみたりすれば、重傷を負ったAのけがの具合を容易に理解できたと考えられるからである。よって、甲について、注意義務に違反した程度が著しいといえ、重大な過失を肯定できる。

10 保護責任者遺棄(218条)について。甲が、Aの保護責任者にあたるかどうかが問題になる。道路交通法上の救護義務により、直ちに保護責任が肯定されるわけではない。単純なひき逃げの場合は、保護責任は否定されるとするのが一般的である。もっとも、排他的な支配を獲得した場合には、保護責任者遺棄罪が成立しうる。 

判例最判昭和37・7・24)は、ひき逃げをした運転手が、被害者を自動車に乗せて事故現場を離れて、降雪中の薄暗い車道まで運び、医者を呼んでくると欺いて、被害者を自動車から降ろし、放置して、自動車で走り去った事案において、運転手に保護責任者遺棄罪の成立を認めた。

当事案においては、甲は、Aについて、排他的な支配を獲得したといえない。よって、甲の行為には、保護責任者遺棄罪が成立しないと考えられる。

11 遺棄等致死傷(219条)について。本事案の甲には、保護責任者遺棄罪が成立しないため、甲に遺棄等致死傷(219条)は、成立しない。